「キューバ音楽の魅力はソンにあり」 そう思いながら様々なキューバ音楽を聴いてきたはずなのに、あらゆる音楽の影響とともに多様化している 2005 年現在のキューバ音楽界において、ソンの影は薄くなっているような気がします。
キューバ本国では、過去に何度かこのソンという音楽文化を伝承していこうという大きな試みを持った録音がありました。その作品は、時代に後押しされて生まれたものですが、時が経ってみるといかに重要な作品であったのか再認識させられます。 それは、 1979 年の「 Estrellas de Areito 」( WPCR-19006-7 ) 1986 年の「 Festival Del Son 1986 」( CRACD-211 ) 1997 年の「 AfroCuban All Stars 」( WCD-047 ) の3作品。 偶然にもほぼ10年ごとに発表されたオールスター・アルバムは、その時代の節目となってキューバ音楽の歴史を語る上で避けては通れない存在といえるでしょう。
1979 年の「 Estrellas de Areito 」は革命以降に活躍していたキューバ音楽界の名手が一同に会して録音した歴史的な名盤。1970 年代にニューヨークで生まれたサルサの隆盛に押され沈滞化していたキューバ音楽を活性化させ、次世代のソンを担うバンド、SIERRA MAESTRA、CONJUNTO RUMBAVANA、ROBERTO FAZ Y SU CONJUNTO、SON14、ADALBERTO ALVAREZ Y SU SON、を生み出していくきっかけとなりました。
1986 年に発表されたのが「 Festival Del Son 」。今回はこの名盤を紹介したいと思いますが、この作品は、1970 年代に始まったソンの祭典のために編成されたメンバーでの録音です。多分、コンサートもあったのでしょう。 ディレクトールは、CONJUNTO RUMBAVANA のJoseito Gonzalez、パーカッションに Calixto Oviedo と Miguel Anga、トロンボーンに Juan Pablo Torres、トレスに Pancho Amato 。そして、各楽曲には名歌手がずらりという布陣。
つい豪華メンバーに目を奪われてしまうところですが、この作品の価値はメンバーだけではなかったと考えます。 1980 年代隆盛を誇ったバンド・ソンが、次のステップへ進化するために、ヌエバ・トローバの代表ともいえる Pablo Milanés と合流することで、歌詞を含めた楽曲を聴かせる方向をとろうとしたのではないでしょうか。 最新の演奏スタイルの模索だけでなく、流行歌を作り続けることがその音楽スタイルの継承になるので、その方向付けのきっかけをつくろうという意志をこの作品に感じます。
一方、同時期にIrakere に在籍していた José Luis Cortés が Siglo、 Ciclo セッションという実験的なデスカルガを録音し、ジャズとサルサとアフロ・キューバンの融合を目指していました。 こちらはジャズ色が強く演奏重視の傾向で、「 Festival Del Son 」とは対照的な流れになりますが、 José Luis Cortés がその後結成したNG La Banda でのIssac の歌うナンバー「 Necesito Una Amiga 」が大ヒット曲となり、それがきっかけとなって、José Luis のようなアレンジ、Issac のようなソフトなボーカル志向が 1990 年代のサウンドの中心になってしまうわけです。
Joseito Gonzalez が志向していたバンド・ソンの発展系はこの流れにより壊滅状態になります。1980 年代の隆盛を誇ったバンド・ソンの中心グループは1990 年代には次々と失速、時代の音をキューバン・サルサ、ティンバへと明け渡していきます。
Adalberto Alvarez が憧れたソンの巨星 Joseito Gonzalez は RUMBAVANA から離れ、Orquesta Riverside のディレクトールを務めた後、Habana Son に在籍。1996年に日本滞在公演を行って、翌年中国の北京公演の後、キューバに帰国して、急死してしまいます。 キューバ音楽史上、最強のコンフントの一つ、CONJUNTO RUMBAVANA のリーダーとして1980 年代のキューバ音楽界を席巻し、「 Festival Del Son 」のディレクトールに抜擢された Joseito Gonzalez のあまりにも若い年齢での他界は、キューバ音楽界の大きな損失といえるでしょう。 この作品や RUMBAVANA の楽曲を聴くと、いつも彼の功績を忘れてはいけないと感じさせられます。
各楽曲を聴いてみると、 1曲目は、ヌエバ・トローバの巨匠 Pablo Milanés の作品。歌も本人ですが、バックの演奏はルンババーナ張りのバンド・ソンのアレンジになっています。このアルバムのハイライトの一つ。彼の輪郭のはっきりしたメロディは意外とソンのスタイルの演奏にフィットします。
2曲目は、ROBERTO FAZ Y SU CONJUNTO のボーカリスト El MUSO の歌うナンバー。素晴らしいソン・モントゥーノです。
3曲目は Omara Portuondo が歌うナンバー。名曲中の名曲です。Adalberto Alvarez との競演盤でもとりあげられましたが、良い楽曲、良い歌手、そして素晴らしいアレンジと演奏が出会った1曲といえる出来栄えです。
4曲目は、SON14、ADALBERTO ALVAREZ Y SU SON の看板歌手 Felix Valoy が歌うナンバーで、作曲はライソンのリーダー Efaín Ríos。後半のモントゥーノの哀愁あるコロのメロディは、ぐっと心を掴まれます。
5曲目は RUMBAVANA の名歌手 Raul Planas の歌う明るいソン・モントゥーノ。
6曲目は Pachito Alonso 楽団の歌手 Jose Luis Arango が歌うナンバー。1980 年代のバンド・ソンは早いテンポの演奏が多いのですが、全体としてはゆったりとしたグルーヴに包まれています。
8曲目は、Juan Pablo Torres の作品。ソンをベースにしたモダンなデスカルガになっていて、サウンド・アレンジを最新のものに進めていこうとしている意欲がみえます。
1986 年の10 年後に、Juan de Marcos がソンの伝承を掲げて「 AfroCuban All Stars 」を録音し、その副産物として生まれた映画「 Buena Vista Social Club 」が世界的な流行になったことは良く知られていますが、 その10年後となる 2006〜2009 年の間に、またソンの見直しを図る良質な名盤が生まれ、キューバ音楽シーンが変化することをひそかに期待してやみません。
また最近の傾向の中で、キューバン・サルサ、ティンバの幕開けのきっかけを作った Issac Delgado が近年、ヌエバ・トローバの楽曲を多く取り上げ、最新作でソンに回帰したのは偶然ではないものを感じています。
そういう時代の流れの中でこの「 Festival Del Son 1986 」は再評価されるべき名盤といえるでしょう。
(福田 カズノブ ★ 2005/08/22)
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