ユムリの通算 5 作目となるこの作品は、流行とは無縁のキューバン・サルサの快作です。
キューバ音楽は、今や、何とか新しい音作りを取り入れてしのぎを削るか、古いことをノスタルジックに復活させるかという二極化傾向になっています。 これは、他国のサルサ・フィールドでも同様で、レゲトンやラテン・ポップス化されたものと、オールド・スクール調の懐古趣味の音ばかりが幅を利かせるようになっていて、10 年前にメイン・ストリームであったサルサが逆に 「古いもの」 として追いやられている感があります。
ユムリ・イ・スス・エルマーノスの 2004 年の作品はこういった流れの中では珍しく、付け焼刃的な新しさを目指すことなく、持ち味の中で歌と演奏の気持ちよさを最大に追求したつくりになっていました。
ユムリは、1980 年代後半、全盛期のオルケスタ・レベのカンタンテとして活躍し、その後自身のバンド、ユムリ・イ・スス・エルマーノスを結成します。 バンドは、デビューと同時にヒット曲を連発し人気急上昇。一躍キューバのトップ・バンドへの仲間入りを果たします。
1994 年のファースト・アルバム 「 Cocodrilo de Agua Salá 」 ( Magic Music C0002-3 ) には、ユムリの兄弟中心に今やトップ・ミュージシャンとなったメンバーがずらりと集結。 日本においてキューバ音楽を牽引してきたルイス・バジェとペドロ・バジェ。 チャランガ・アバネーラのキーボード兼アレンジャーとして大出世のオスマニー。 自身のバンドを率いて 2005 年に傑作アルバムを発表したケーメル。 そして、ヨーロッパを中心に世界的に評価されるトップ・ミュージシャン、マラカ。 まさにスーパー・バンドといえる布陣で、なんと1994 年には渋谷のレストラン 「ムチャーチャ」 に3か月滞在したのです。
この奇跡的な出来事を楽しめたのは、当時まだ少数だったキューバ音楽ファン。その後、キューバのトップ・バンドが東京に滞在して毎日演奏することはあまりなく、サルサ・ダンス・イベントやダンス・レッスンも数えるほどしか存在しなかった頃の伝説となってしまいました。何度も通いつめた中でも、マラカが特別参加した日の演奏は強烈で、今だに脳裏に焼きついています。
滞在後、1995 年にセカンド・アルバム 「 Provocaciá n 」 ( AJA-1204 ) を日本制作でリリース。ファーストはマラカが作曲、アレンジをおこなっていましたが、この作品はケーメルが作曲の多くを担当し、メロディアスなナンバーが増えています。
残念なことに、コンスタントにアルバムを発表しかけた途端、メンバーの独立が相次ぎ、バンドは失速状態に。5年程作品の発表が途絶えてしまいます。その間、ユムリはレビューのソロ歌手として日本に再来日したり、弟のマラカ・バンドに参加していました。
そして 2000 年、満を持して発表された作品 「 Olvídame…si puedes 」 ( BIS CD-170 ) はメロウなソンを強調したつくりに路線を変更。素晴らしいメロディを持ったナンバーを揃え、ユムリの復活を示したのです。
続く2002 年の 「 Bilongo 」 ( Ahi CD-1035 ) ( BIS CD240 ) はトラディショナル・ソンとマラカ調のジャズ・ソンを中心とした作り。新世代のトラディショナル・ソン、セプテート・トルキーノに在籍していた Osnel Odit の作品を数多く採用しています。この作品は Ahi-Nama 盤と BIS 盤がジャケ違いで存在していますが、ベースやピアノがこの作品だけ違うメンバーだったりするので、ユムリのソロ名義の作品といったほうがよいでしょう。
そして、2004 年に制作された 「 Salsa y Candela 」 は、ユムリの最高傑作であるばかりか、最良のキューバン・サルサとして評価されるべき内容のものとなりました。 この作品でユムリは完全に一つのスタイルを完成させたといってよいでしょう。
ミュージカル・ディレクターには重鎮 Joaquí n Betancourt。ピアノには Rolando Luna。ホーン・セクションには、Amaury Pé rez、Alexander Abreu、そして Maraca。トレスには、Pancho Amat。凄腕が周りをサポートし、シャープで厚みのある演奏を繰り広げています。特に注目すべきは、ベースの Lá zaro Rivero。演奏に加え、大半のアレンジをこなして活躍しています。今やバンド、エルマーノスの中心的存在でしょう。
各曲を聴いてみると、
1. は名作曲者 Cá ndido Fabré のナンバー。ファンキーなグアヒーラ・ソンです。ユムリは彼の作品を数多く取り上げています。
2. はユムリ作。オーソドックスなソン。安定感ある演奏です。
3. はホーン・アレンジの冴えた明るいアップ・テンポのナンバー。マラカがアレンジを担当しています。
5.と 6. はこの作品のハイライト、といっても派手な曲ではありません。あくまでもしっとりとしたメローなキューバン・サルサで、ユムリがせつなく歌い上げています。後半のコロのメロディとアレンジがまた素晴らしく、ぐっと来ます。まさに聴いてよし、踊ってよしのナンバー。こういう曲は、以前はコロンビアやプエルトリコのアーティストの十八番であったものですが、そんな評価、認識を変えるような曲調です。
8. は Osnel Obit の作のボレロ。聴き応えのある一品です。
11. と 12. は前作からのボーナス・トラック。 変化に富んだナンバーをユムリが表現豊かに歌い上げた1枚といえます。
アンヘル・ボンネやペドリート・カルボが新しい音を追求するスタンスを持っているのと違い、ユムリは堂々たる立ち位置で、新しくも古くもない王道のキューバン・サルサを続けています。こういう人がいないとそのジャンルは衰退していくので大いに支持すべきと思います。
(福田 カズノブ ★ 2005/10/17)
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