キューバ音楽の中で 「 ソン 」 と 「 ルンバ 」 は、大衆・伝統音楽として現在も演奏され続けています。 その成立は 100 年以上も前のことで、音楽的基盤の確立に重要な役割を果たしたセプテート・ナシオーナルのようなアーティストは存在していますが、 実際、誰がこの音楽を創ったのか特定できない程、多くの演奏家や大衆が培ってきました。
伝統音楽は大抵そのスタイルを守ろうとする力が強く働いていて、外国人がそれを演奏する場合いかに現地のミュージシャンに近づくかが重要になります。 そして、その音楽が持つ 「 肝の部分 」 は、現地に渡り、共に演奏し、生活してみないとわからないものが多く、掴んだつもりでも現地を離れ外国人だけで演奏するとそれはどこかへ消えてしまうようです。 大きな努力をして 「 肝の部分 」 を掴んだ人は、伝統音楽に畏敬の念を抱き、そのまま継承することを第一とするでしょう。 また、そうであるべきだと思います。
ではその伝統音楽を進化させることのできるのは誰か。
それは、キューバ音楽であればキューバ人だけなのだろうと考えます。 アダルベルト・アルバレス、マノリート・シモネー、ホーベネス・クラシコス・デル・ソンなどキューバ国内では選ばれたアーティストのみがその役割を担っていますが、 国外のレーベルにもその役割を担っているアーティストが少なからず存在しています。
今回紹介する HANNY もその1人。 1997 年にイギリスから発表されたファースト 「 The Voice of Cuba 」 はトラディショナル・ソンをモダンに進化させた傑作アルバムです。 同時期からブレイクしたブエナ・ビスタ・ブームがなければ、彼は静かに注目されたことと思いますが、その機会は閉ざされてしまいました。
ヨーロッパの各地には、彼のようにソンを土台にして様々なエッセンスを加え化学反応させた音楽家がいるのでしょう。 1997 年当時、ロンドンのラテンバー 「 CUBA 」 に行ったことがあるのですが、 ライブがあるというので深夜まで待っていると、DJをしていた 2 人が打ち込みとギター、パーカッションを駆使して驚くほどモダンな 「ソン」 を演奏していたのです。 この HANNY はまさにそこで出会ったタイプの音楽です。
キューバ音楽が外へ出て行き、海外で様々な音楽に出会いながら、逆に母国の伝統音楽を見つめ直したところに特徴的な視点があります。 現在彼がどの国で活動しているかは定かではありませんが、キューバ音楽は人の移動と共に確実に世界に拡散し、そこでまた新たな芽を出しているのでしょう。
この作品の聴き所は他にはないソンの進化系の作品群。 メンバーはギター・ボーカルの HANNY 、そしてトレス、ピアノ、ベースの 4 人を基本として、録音ではパーカッションにホーンをゲストで入れています。
各曲をみていくと、 1. はトラディショナル・ソンに良くあるメロディ展開がまったくないモダンな曲。ドライブ感もあります。
3. は声が楽器の一部のようにビートにはまっているソン。アルバム・タイトルがボイス・オブ・キューバというだけのことはあります。
9. はアップ・テンポの軽快なナンバー。本作の聴き所のひとつでしょう。
全 11 曲中 1 曲を除いて全て彼のペンによるもの。 ボレロもミディアム・テンポのソンも心地よいものばかりで、 理屈ぬきに浸ることができます。 個性的なボーカルを武器にソンの未来を見つめた作品として、 皆さんに推薦したい1枚です。
(福田カズノブ ★ 2006/06/05)
|