最近のキューバ人ミュージシャンは、所属バンド以外ではジャズを演奏することが多いようですが、キューバ音楽の基幹となっているのは、今も昔もルンバとソンのテイストなのには変わりがありません。
ところが、そのルーツ・ミュージックであるトラディショナル・ソンのスタイルは古のものになり、ハバナではすっかり観光客向けの音楽になってしまいました。
1950 年代まで全盛を誇っていたソンは革命と共に衰退し、 1970 年代にはジャズの Irakereやロック色の強い Los Van Van に取って代わられようとしていました。 そんな中 1980 年代初頭、ソンの復興の流れが Sierra Maestra から始まり、 Adalberto Alvarez 登場でトランペットを中心とした大編成のコンフント系ソンが見事に復活を果たすのです。
そのアダルベルト楽団の全盛期のトレス奏者兼ディレクトールが Pancho Amat です。
彼は 1950 年ハバナ生まれ、クラシック教育を受け、 1971 年から Grupo Manguaré に在籍。 そして 1988 年にAdalberto Alvarez y su Son に加入、 そこでディレクトールを務めた後、自身のバンドを結成して今日まで3枚の作品を発表しています。
1992 年には 「ノーチェ・トロピカル」 のメンバーとして来日、 2005 年、2006 年にはホテルで1か月公演を行い日本にも多くのファンをつくりました。
パンチョ・アマートの演奏するトレスは、 3コースの復弦でギターとベースの味わいを同時に持った音色とパーカッションの効果をかもし出すところが特徴。 ソンの発展には不可欠な楽器で、昔はキューバのバンドには必ず入っていたのですが、セプテートからコンフントへと編成が大きくなり、近年ジャズやサルサを演奏するようになるとその役割はピアノへと引き継がれていき、今はその生音を聴ける機会も少なくなってきています。
トレスの名奏者といえるのは、 キューバ音楽の至宝 Arsenio Rodriguez、チャポティーン楽団の Nino Rivera、元レベの Papi Oviedo、トレス奏者のジミヘンこと元ホーべネスの Coto、そしてこの Pancho Amat でしょう。
普通、演奏者の指向は小編成から徐々に大きな編成になっていくものですが、 彼は逆に大編成から小編成に、コンテンポラリー・ソンからトラディショナル・ソンへ音楽の原点へ回帰するようにその方向性を変えてきています。
豊かなソンのしらべは、本当に伝承するに値する音楽といえます。 キューバが生み出した宝物「Son」、 これをしっかりと次の世代に引き継いでいこうという意思をパンチョ・アマートは持っているのでしょう。
今回紹介するのはソロ第1作目。 アダルベルト楽団から独立する前後に発表されたものです。 この作品は余り知られていませんが、アダルベルト・アルバレスの曲調と現在のパンチョ・アマートの志向であるトラディショナル・ソンとのちょうど中間に位置するサウンドで、アダルベルト・アルバレス名義で発表されても見分けがつかない程の内容。 隠れた傑作です。
ほぼ全作オリジナルで彼のオーケストレーションやメロディ・メーカーとしての才能が各曲に感じられます。
1. Su Perfume Preferido は軽快なソン。
2. Entre tú y yo はアダルベルト・スタイルな曲調のナンバー。流れるようなメロディ・ラインのコロが印象的です。
4. Fiesta en el Barrio は、ソン・カトルセ・スタイルのソン。もっと大編成で聴いてみたいと思わせる怒涛の展開です。
5. Todavía estás a Tiempo は途中からモントゥーノに入るところでトレスがびんびんに響いて気持ちいい一曲。
6. Amor Motorizado もアダルベルト・スタイルの曲。歌のメロディとトランペットが掛け合いをするところやそれを追いかけるコロが聴き所。
7. チャポティーン・スタイルの重厚なソン。
まさに駄曲なしのソンの名盤です。 彼はこの作品の後、様々な作品にトレス奏者として参加し、近年はトラディショナル・ソンの古典を演奏しています。
古典を演奏しても、古臭さを感じさせないどころか、新鮮なグルーヴを生み出し、 キューバ音楽の魅力をあらためて感じさせてくれるパンチョ・アマートは本当に貴重な音楽家といえます。
(福田カズノブ ★ 2006/09/04)
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