100 年以上にもなるキューバ音楽の歴史の中で一際輝いている巨人、アルセニオ・ロドリゲス。 古くからのキューバ音楽ファンやワールド・ミュージック・ファンの間では別格扱いで、専門家による論評でも軒並み高評価を得ている音楽家です。 そのLP 音源は現在までほとんど CD 化が進んでいましたが、近年SP 盤のマスター音源が新たに発見され軌跡の 再発が実現したこともあり、静かなブームともいえる状況になっています。
そんなアルセニオですが、このディスク・レビューを見ている皆さんはどうでしょうか。 名前は知っているけれど音は聴いた事がないという人も意外と多いのではないかと思います。 そこで、ティンバ・ファンのためのアルセニオ・ロドリゲス、レビューをしたいと考えました。
まずはプロフィールから、 生年は諸説ありますが、通説では 1911 年マタンサス州生まれ。 子供の頃から、パーカッションやトレスに親しんでいましたが、7 歳の時に馬に顔を蹴られ充分な手当てを受けられず失明。 その後音楽に打ち込み、13 歳でハバナに出てセプテート・ボストンのトレス奏者として働きはじめます。 そして自身のバンドを結成し大活躍するのが 1940 年代。ハバナの数あるダンス・バンドの頂点に上り詰めます。
1950 年半ばには、ハバナを離れ、視力の回復のため訪れていた NY に定住。 その後NY でも意欲的な録音を続けていましたが、1970 年に惜しまれて他界してしまいます。 1970 年といえば、Los Van Van がちょうど登場した頃、ティンバは Reve 、Los Van Van 、Irakere が源流といえますが、その遥か以前にアルセニオの音楽は存在していたわけです。
では、アルセニオ・ロドリゲスの何がそんなに凄いのでしょうか。
1 点目は、バンド編成の革新性。 それまでは、セプテート、という7人の小編成が主だったキューバのバンドに、コンガやピアノを導入し、更にトランペットも 2 管、 3 管と増やし、現在のティンバやキューバン・サルサの基礎編成を作り出しました。
2 点目は、ソン・モントゥーノを強調したサウンドを確立したこと。 観光客向けに演奏することの多いキューバのバンドは、どうしても白人受けする方向へ行きがちでしたが、アルセニオは黒人色の強いモントゥーノのパートを強調した楽曲を最も得意としていました。
3 点目は参加メンバーの凄さ。 後にリーダーとなってバンドを設立するミュージシャンが数多く在籍していて、まさにオールス・スター・バンドといった状況でした。 特にチャポティーン、ミゲリート・クニーなどは、アルセニオが NY へ移ってからは、そのサウンドをさらに充実させ、キューバ音楽を牽引するほどの存在になっていきました。
そして最後には、ラリー・ハーロウをはじめとする1970 年代サルサ誕生に貢献したアーティスト達から大きなリスペクトを受けていたことがあげられます。 アルセニオの音楽は、間接的にサルサ誕生に影響を与えていたのでしょう。
他にも、マンボを始めて作曲したとか、アルセニオがまるで全てを創ったかのような話ばかりが出てきます。 本当のところは、彼が最初ではないにせよ、1940 年代から 1950 年代、ソンの発展に計り知れない功績を残したことは間違いありません。
今回紹介するのは、アルセニオのキューバ録音である 1940 年中期から 1950 年までの SP 盤 3 枚からの編集盤。 まさに絶頂期の音が詰まった決定版ともいえる CD です。では、音を聴いて見ましょう。
1 曲目のイントロからいきなり響くトレスとコンガの音。どれがその音なのか判別がつかないほど同調してビートを刻むその独特なサウンド。そこへ男っぽいツイン・ボーカルが乗り、トランペットが前に出たり、引いたり、かぶったりしていきます。 これがアルセニオの世界です。
2、13、15、16 曲目はアルセニオに次ぐ作曲家、リリー・マルチネスの作品。 ピアニストということもあって、印象的なメロディが魅力となっています。
25 曲中、7 曲がスローな Bolero、11 曲が歌を強調した Son と Guaguanco、そして 7 曲がビート中心の Son Montuno。 いなたいセピア色の録音にもかかわらず、少しも風化していない生きた音楽がここにはあります。
このビートが、そのままチャポティーン楽団に引き継がれ、1970 年代後半のソンの復興とともにシエラ・マエストラ、ルンババーナによって取り上げられ、1980 年代にはアダルベルト・アルバレスによって再生され、そしてマノリート・イ・ス・トラブーコにまで繋がっていくのです。 まさに、アルセニオはコンフント・ソンの創設者であり、現在のティンバ、キューバン・サルサのルーツのひとつを創り上げた存在といえるでしょう。
今回紹介した作品以外にも数あるアルセニオの作品はどれもが素晴らしく、一度はまると、やみつきになります。
キューバ音楽の歴史を学びながら、濃厚なお酒のような音で、一度あなたも酔ってみてはいかがでしょうか。
(福田カズノブ ★ 2006/11/01)
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