今年もっとも面白かった
評論
梯久美子著「狂うひと」。
文芸誌の新潮連載時
2013年にはじめて
この文章を読んで
ひえーっと思いました。
ようやく単行本になりましたね。
代表作「死の棘」で有名な
作家の島尾敏雄の妻である
ミホについての新しい切り込みですが
文学に迫るには
作家に迫るには
ここまで踏み込んでいくことが
必要なのだと改めて思いました。
「死の棘」は
文学仲間と浮気をした
島尾敏雄のことを延々
責め続けるミホの狂乱を描いた
作品ですが、これは
すべてミホが検閲、清書した
作品なんですね。
文学を高めようとするがあまりに
わざと妻を怒らせていた(浮気が
バレるようにした)のではないかとか
色々な話が出てくるわけですが
ミホが狂ったように
夫を責め続けたのは事実なんです。
なぜそんなふうになってしまったか
よく分かりましけどね。
ミホと敏雄は終戦間際に
「隊長と島の娘さん」という関係で
加計呂麻島で知り合うわけですが
ミホは貧乏な島娘であったわけではなく
由緒ある奄美士族の家系の娘で
親に非常に可愛がられており
教養も高かった。
その親を捨ててまで
東京の島尾の家に来たのに
愛情を簡単に裏切られたという
思いが強かったんでしょう
遠方に嫁ぐとはいえ
親を捨てるとはおおげさと思うでしょうが
親の愛情を真っ当に
受けていない女性ならともかく
ミホのように親によくしてもらった
思いの強い人ならそう考えたはずです。
ミホは親を大切にして
島で生きる道もあったのに
愛情の対象を
敏雄に変えた。なのに
軽んじられたという気持ちが
執拗に敏男を責め立てたんでしょうね。
いっぽう敏雄の方は
戦時下の虚構であったとはいえ
「島を守ってくれる
立派な隊長さん」として
戦中を島で過ごしたわけです。
マダムバタフライ
とは言わないまでも
実家の周辺で男女の付き合いに
至ることに比べれば
島(異国)の仮のお嫁さん、という
軽い気持ちでそもそも始まったのかなと
いう気もしました。
しかし現実のミホは
あどけない島の娘などではなく
賢く、教養高く、感性鋭かったのです。
これが
島尾敏雄最大の誤算と思いました。
「死の棘」では
徹頭徹尾、夫の浮気について
書かれているのに
相手の女性の輪郭がまったく
描かれないのは本当に面白いことです。
ミホにとっては
自分が敏雄との間のふたりの
子供懸命に育てていたのに
夫もありながら
文学仲間だかの会に出てきて
ふらふらしている
女と密会していたわけですから
怒り狂ったと思います
しかもこの女は
ミホよりもぐっと年上だったんですね。
既婚者なのに、なぜか
一人暮らしをしていたり
堕胎もしたということですから
ミホとは育ちの違う
いわくあり、の女性と見当がつけられます。
ミホも
イラッとしたでしょうねえ。。。
久坂葉子との仲を
疑ったこともあるというミホですが
相手が久坂葉子だったら
まだ受け入れられたでしょう。
ミホは狂乱することでしか
生きられず、また
敏雄も共狂いになることでしか
受け止められなかったということですが
お互い相手をあきらめて
逃げ出せばいいのに
逃げ出さないのは
執着だな、と感じました。
近年をふりかえれば
むしろ
作家としての栄光を手にしたのは
ミホのほうかなーというところですし
精神的にも
経済的にも
自立できたはずのミホが
作家としてのスタートを
この狂乱のために
遅らせてしまったのは残念とすら感じます。
なぜ夫への執着をやめなかったかといえば
自分の大切なものを捧げたからでしょう。
それは
親に対しての気持ちを超える愛情であり
ひたむきな恋心であり
夫のために様々な苦労を乗り越えてきた
という
思いの混じり合ったものだったでしょう。
やはり
これだけの狂乱に至るには
ミホは敏雄に一途だったと考えられます。
後年、天才とまで言われた
女が捧げた大切なものの数々。
それを放ったらかして
複数の文学仲間と「関係」するような
女と泊まり歩くんだから
敏雄って愚か、と思うんですが
これが男ってものなんですかね。
ミホのことを今回知るにつれ
敏雄と出会わなくても
この人の文章は世に出たな、と
思うようになりました。
来年はミホの本が映画になるそう
めっちゃ楽しみです。
DJ KAZURU
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