「大洪水」
中上健次の未完作品です。
晩年の作品に多い
あまり紀州色の濃くない小説。
父親殺し、養護院、少年院の過去をもつ
主人公の鉄男は、肉体的な魅力と
物怖じしない態度、つまりはハッタリ
だけで女も男も魅了してしまう。
例えばブラックミュージックの核が
「セクシーであること」ならば、人間も
結局はこれを備えているものが勝ち
とでもいうように
どうしようもない「特権」をもつ
生き物として鉄男は描かれてる。
中上健次の小説の男は
からだが大きくて、複雑な出生で
粗野とエレガントを持ち合わせたような
性的魅力があふれんばかりですが
鉄男もまた選ばれし民として
存在します。
鉄男は運命に身を任せるままに
女と行動を共にし
いさかいに巻き込まれ
人を殺し
狂った女とシンガポールへ行きつくや
唐突に英語を喋りだし
そこでも同じように男女を魅了
上流中国人社会に食い込みます。
ずっと中上作品で香りを
放ち続けた夏芙蓉はマグノリアに
姿を変え、やはりまとわりつくような
強い香りを撒き散らし···
シンガポールは「路地」ではないけれど
同じような濃密空間のように
錯覚していくのです。
ラスト近く「アキユキ」の名が出てきて
それも中上ファンには
この先を想像させるものがあるのですが
やがて香港へと舞台がかわり
絶筆。
···
享年46才。
この小説も完結させてほしかったけど
もっともっと書いてほしかった。
DJ KAZURU
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