先日の笛の会で
山勢松韻にノックアウトされたので
さっそく本を読みました。
御年90歳ながら、私の
師匠の見たところによると
背筋は真っ直ぐだし
自分のことはすべて楽屋でもやっていて
お弟子さんの付き人はいるものの
感心するほど
しゃっきりして若い身のこなしだったそうです。
私が拝聴したのは
六代の山勢松韻ですが、16歳年上の
姉君は、幼い頃から縁戚の四代目に
請われて五代目を継ぐことが決まっており
実際に二十歳の若さで襲名したのだそう。
幼少期から特別な子と育てられた
姉と違って、琴や三絃に興味はあっても
自由な六代目。
創立したばかりの藝大で学び
流派の芯としてということではなく
幅広く音楽を学んできたことが
分かります。
アメリカ合衆国にわたり
一年間、外国人相手に
琴を教えたり、NHKの番組で
お琴の先生をしたり、藝大の講師を
努めたり。
十分華やかな経歴ですが
舞台上では常に姉のワキ、という
評価が続いていたようです。
実姉が体力の衰えで引退したあと
現在の活躍に繋がるわけですが
90歳とは思えぬ美声と琴の表現。
オーラが違いましたもんね。
彼女が在籍していたころの
藝大の講師陣がレジェンドだらけで
杵屋邦正、宮城道雄、山田抄太郎…
邦楽的には教科書に載ってるような
方々で、羨ましい限り。
六代目は、琴というものは
そもそもお座敷で披露するものだから
現代の広い範囲ホールで、それに合わせて
絹糸ではない人工の丈夫な糸で
弾くのはいかがなものか、という
感覚があるようです。
また、技術だけ長けて
行儀の悪い人というのも
琴の世界にあわないだろうと。
琴の音色、それが楽しまれてきた
典雅な生活感を、取り去って
単に楽器として発展すれば良いものでもない
と、考えているのだろうと思います。
軍人の家に生まれ
7人姉妹の末っ子ですから
考えが古いといえばそれまでですが
こういう精神、なんとかお弟子さんたちの
心で繋いでいってあげてほしいなあ、と
いう気持ちが湧きますね。
・・・
暖かい季節の頃には
障子戸を開け放して
外からの風を部屋に入れる
庭の青葉が目に映るといった
雰囲気のなかで箏の音色に
包まれるといったことも
特別な雰囲気を作り出したのでしょう。
昨今のように
大きなコンクリート壁の演奏会場という
入れ物に合わせるようになったのですから
自ずと箏曲の世界そのものも変化してきます。
(中略)
ただ、演奏家が音を
機器に頼るようになれば
自ずと技量は落ちていくでしょうね。
これを
「時代で変わっていく」と
言って良いものか言葉に詰まります。
・・・
DJ KAZURU
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