芥川賞受賞作
市川沙央
「ハンチバック」拝読。
最高でした。
芥川賞この10年のなかで
一番いい受賞作になったんじゃないの?
病から、肉体的に本を持つことも苦痛で
痰の吸入を頻繁に行わないと
酸素飽和度を保てない主人公は
作者そのものを思わせる。
入浴にも介助が必要で
グループホームに住む彼女は
親が資産家だったため
金銭で解決できることはやって
読みたい本を読み、大学にも
通信受講生として参加し
コタツライターとして、行ったこともない
ハプニングバーの様子を克明に
書き記すアルバイトもして
その報酬はすべて寄付している。
この設定だけでも
ものすごい吸引力。
「重度の障害のある作家が
芥川賞を受賞したことはない」
これを言うために芥川賞に的を絞って
作品を書いたと作者は言うけれど
確かに本作一つで私達は
とんでもないものを突きつけられたのです。
本作において
ほんの手触りや紙の匂いが好き
なんて、ほざく健常者の戯言は
本を持つのも身体的苦痛を伴う自分には
マチスモ発言だと吐き捨てる。
障害者は子供を生み育てる
権利がないから、不妊処置をするって?
だったら私は堕胎するために
妊娠してやりたい、とも言う。
我々が読書するたびに
賢くなっていくと、なんとなく
思っていた事実をドカドカと
蹴散らす作者。
お前たちは、読書して
知識人みたいな気持ちに
なってるかも知れないけど
見たいものしか見ないじゃないか。
障害者の世界なんて
確実にあるのに見ようとしないだろ?
そう言われているようで、誰もが
居心地が悪くなってしまったように
感じるのではないかしら。
とにかく
文章のひとつひとつが
力漲っていて、シニカルな
物言いも、読み手には快感。
最近の小説がほぼやってしまう
文章上のミスや齟齬もない。
本を読む前に作者の顔を見て
いるのだけれど、眼光鋭く
知性と怒りをないまぜにしたような
目つきが印象的でした。
その予想通りの小説です。
小説全体を俯瞰できる
客観性や批評性にも
長けている人と察します。
小説の新人賞には
20年くらい応募を続けていたようですが
こんな賢い女性が40歳代になるまでに
くすぶっていたとはなあ。
ただ、彼女はどうやら
資産家ぽくて、そのおかげで
潤沢な機器を揃えて学習も
執筆もできているらしいということ。
これがなければ
重度障害者は学ぶことも
表現することも
出来ないのでは?と考えてしまいました。
作中でも
人間は生きてるだけで同じ人間なのに
書ける人、喋れる人の意見だけが
人間の意見として存在を認められ
表現できないものは
無かったことにされる、というような
箇所がありました。
障害者の生き方の選択の幅が
この世の中でめちゃくちゃ狭められていることを
気づかせてくれる小説でもあります。
だいたい文学なんてやってる人は
障害者を差別するなんてもってのほかという
建前の人が多そうだけど、実際に
本を読みたくても重くて読めない人が
いるということにさえ気付けない
無神経人間の集まりだったってことが
露呈されたわけで、なんとなく
それも痛快じゃないですか。
選考委員もおおかた
彼女を推していて、ずば抜けた
作品だったよう。
なかでも山田詠美が
「文学的に稀有なTPOに
恵まれたのはもちろん
長いこと読み続け、そして
書き続けて来た人だけが到達出来た
傑作だと思う。
文章(特に比喩)がソリッドで最高。この
チャーミングな悪態をもっと
ずっと読んでいたかった」
と、書いていて
その通り、と思った次第。
DJ KAZURU
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