佐伯一麦 著
「還れぬ家」拝読。
佐伯一麦氏の作品は
確か山田詠美嬢が絶賛していた
「一倫」をだいぶまえに
読んで以来かと思います。
私小説作家なので
作風の変化はそのまま
ご本人の実生活の変化でもあるわけですね。
電気工(作家との兼業)で
アスベスト被害にあっていることが
印象深いのですが、今は
作家専業で、ほかにも家族のこととか
うーん、だいぶ変化があったみたい。
本作品は
仙台在住である佐伯氏の実父が
2008年3月に
認知症と診断され、2009年3月に
亡くなるまでの経緯であります。
若くして実家を離れ、むしろ
両親との付き合いが薄かった著者が
離婚、再婚ののち
再び実家の近くに居を構え、兄姉たちが
東京で生活している中
最も親に近しい存在の子として
父親の老いに付き合っていくさまが
自分でも思いがけなかった展開、とでも
いうような空気の中、しかし
克明に描かれてゆきます。
執筆中(連載中)
大震災に見舞われ、そのことを
交えた作品にもなっていったようですが
いわゆる3.11.ものではありません。
この事実をなかったこととしては
とても書き進められない、という
作者の正直さだと受け止めました。
著者が高校生の時代に書いていた
日記が出てきて
≪今晩、原子力発電についての
話をしたら家の人から猛反発された(中略)
プルトニウムが核兵器になりうるということも
すべて俺の誇張であるとされる。
(中略)女川原発に反対する
デモが行われる話をすると
参加するといっていないにもかかわらず
そんなことをしたら
お父さんは公務員だから、役所に
いられなくなってしまうんだから
絶対に許さないよ、と
母親はすごい剣幕で怒る≫
という文章の引用がある一方で
そこで怒っていたはずの母親が
大震災後には(あたりまえだが)放射能に
おびえきっている描写があるのは
人間のなまなましさむき出しという感じ。
父の介護に向き合う中
あらわになってくる家族の問題は
どの家でも一般的にあることでしょうが
佐伯氏の後妻(現在の奥さん)は
佐伯氏の実家から厚遇された
わけでもなかったのに、身を粉にして
介護の手助けをしており
よくここまでやったものだと・・・。
現実でも
実の子供より他人のほうが
結果親身に付き合うことになった、という
例は多いものですが
同じ「子」として生まれても
親の死についての捉え方は
なんとなく二つのタイプに分かれる気がします。
親の老いていく過程、その惨めさに
直面し、深く対峙する人と
親が元気で美しかったときなどの
きれいな思い出だけを心に
その死だけを受け止めようとする人。
佐伯氏は
親の老いを直視したくない、という
正直さを隠さないけれど、見ざるを得なくて
だからこそ
過去の自分とも向き合い
その清算にもつながっていく道を
見出せたのではないかしら。
(DJ KAZURU)
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