高村薫 著
「晴子情歌」拝読。
作者得意のミステリーではなく
大正九年生まれである「晴子」の
人生を綴った小説。
本郷の下宿屋であった生家での
少女時代。
転じて
青森の旧家、漁村での暮らし。
地方の政界をめぐる家の問題に
色濃くなる戦争の日々。
その日本の変化に伴うように
生きてきた人生を、晴子は
晩年になり、息子(マグロ漁船に乗っている)へ
宛てての膨大で長い
手紙という形で残します。
その凛とした文体は
夫・淳三のいまわの言葉を息子へ
伝える時も変わらずに
常に、美しい文章でした。
作中登場する
「嵐が丘」「ジャン・クリストフ」を
しっかり読んでみたくなります。
・・・
死へ向かふとき 種々の苦痛はあるのだけれども
幸ひなことに 身体の神経の全部がそれに関はり
集中するために 自分の意識のはうはもはや
余計なことは何一つ考へずに済むのだ、と。
人生の最後に許されたその心身の軽さは
何かと比べるやうなものでもないが
少なくともぼくは 最後に 生命とはなんと
狡猾でうまく出来てゐるものかと思ったよ、と。
・・・・・・へえ、さう云うものなの。すてきな話を御馳走様。
私はさう応えましたが、だから生きてゐる者は
あまり苦しむ必要もないのだと云ふ
肝心の一言を云い忘れるところが
いかにも淳三らしいことでした。
(DJ KAZURU)
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